おばさんがおばあさんになる前に(1)

55歳というほんの少し初老が視野に入る年齢になりました。

ここまで来て、気づいたことがあるので今の感覚を忘れないうちに書いておきたいと思う。

その1 体力が低下する

これは誰しも年を取ると感じることだと思います。でも、その体力低下が何を引き起こすかはあんまり知られていないのではと思う。

私の場合は老眼でインプットが減るにつれてアウトプットが劇的に減りました。このブログに投稿が極めて少ないというのが証拠のひとつで。

それとは別の問題もあって、ネットで一番アクティブに使ってるツイッター(X)でも社会的な投稿をしなくなった。しなくなったというより「できなく」なった側面が大きい。(ツイッターがヘドロみたいな場所だからということは措いておいて)

一番体力低下を感じるのはXで社会問題に言及できなくなったこと。言及自体はできなくもないけど、そのあとのリプライの応酬をする元気がない。同性愛者の権利や新型コロナ感染症の問題とか、アンチに目をつけられると地の果てまでリプライ付けられる。もう5年ほど?前になるかと思うけど当事者でなおかつLGBTの権利活動へのアンチアカウントに絡まれて嫌になって応酬止めた。しかしそれが彼らの成功体験になってしまっているらしくて、心底ぞっとした。

中途半端にリプライを返すよりははじめから言及しない方がましかな、と。ただ、アンチじゃなくてわりとメインストリームの活動をしてる人でも、「同性婚支持だから稲田先生は素晴らしい!」とか言う人いるのよ。(稲田朋美は議論の余地なく極右です)でも、こういうの指摘すると「待ってました!」といわんばかりにアンチがわいてくる。もう私には不毛なリプライラリーを続ける精神的体力ないんですよ。悲しいことに。

よく人口に膾炙する「かわいらしいおばあちゃん」は言いたいことがあっても、言ったあとの論争が面倒なので笑顔でやり過ごしているのではという疑惑が私のなかでわき上がっています。

老齢女性に限らず、社会的な立場の弱い人が良くする「やり過ごしの笑顔」というものを使い始めているかなと思います。

※長くなるのでその②に続きます。

パンツ(下着)が乾ききらない季節

梅雨ですね。じめじめして永遠にジーンズの乾かない呪われし季節!

洗濯しても部屋干しせざるを得なくて部屋の片隅で細菌の繁殖する気配を感じます。ので、オキシクリーン使ったり煮洗いで繁殖を元からたたきます。外に干せる梅雨の晴れ間が来るとホッとします。で、その梅雨の晴れ間の外干しですよ。隣のアパートに男(たぶん)が何の憂いもなくデカいトランクス干してる。見ると「チッ」と舌打ちしてしまう。私は実家離れてこのかた下着を外に干したことありません。やっぱり下着泥棒は怖いじゃないですか。

下着泥棒って「盗まれた」という物的被害もあるんですけど、(おそらく)性的なことが目的で盗んでる怖さもあるし。「ここに女が住んでいる」と特定されただろう怖さもある。

なので快晴の中、堂々と道路に向かって下着干してるのを見かけるとけっこうな確率で舌打ちしてしてしまう。

別にそこのパンツ干してる男性が悪いわけではなくて、女物(に見える)下着を盗む(だいたい)奴が悪いに決まっている。だけど、目の前で清々しくパンツ干してる人間の方を暗い理路で憎む(とまでは言いすぎだけど)。この頭の中の暗い短絡した考えの筋道は間違ってると分かっているのに不意に自分の中で起動する。

もう15年かそれくらい前に田舎の大きな家で暮らしている高齢の女性が、やはり清々しくおへそまでありそうな大きな綿パンを干しているのも見たことあります。やはりこの時もうらやみましたが、あの暗い情動とは違う。「私はいつになったらパンツ泥棒におびえずにすむのか」という内省の方が大きかった。

で、梅雨ですよ。微妙に乾ききってない下着をはく季節。ボーイレングスのグレーとかなら外干しいけるんじゃないかと逡巡しつつ内干しする季節が来ました。

追記:派手なパンツをはきがちなゲイ男子がジムや外干しでパンツ盗まれるのもよく聞く話ですが。なんか少し「怖さの質」が違うような気がするんですよね。

魔女ワーシェンカのその後【配信切取】

 私の好きな漫画で歴史もの? ロシアがソビエトだった頃。ナチスとかと戦っている第二次世界大戦の頃。その辺が題材になってる歴史ファンタジー? 私は昔から好きで「靴ずれ戦線」っていうんですけど。

ざっくりいうと、ソ連邦の下士官の女性と徴用された魔女が前線を泥だらけになりつつ転戦し、その場の妖怪やら何やらをなだめたりすかしたり、脅したり戦ったりの話。

ソビエトって「男女平等」っていうのが建て前じゃなくてめちゃめちゃ運用されちゃって、「戦争は女の顔をしていない」って小説でも、たくさん女性兵士出てくるじゃないですか。なのでミリタリオタクの人が好きな軍服女子みたいなの、世界大戦のソビエト兵ならリアルで別におかしくない話なんです。

で、なんといっても魔女の話なので、スラブ妖怪とか伝承、民話、例えば冬将軍とか雪娘とか色々出てくるんですけど。

ここからネタバレ。

なんかラストがねビックリの百合エンドだったんですよ。本当にビックリ。描いたのは速水螺旋人さんっていう漫画家さんで。私、ツイッターでアカウントのフォローしてるんです。

1週間ぐらい前かな。ちょっと「ワーシェンカ2022」ってタイトルでイラストが投稿されて。

でね、旧版の「靴ずれ戦線」のサブタイトルって「魔女ワーシェンカの戦争」。ワーシェンカは魔女ですよ。当然、すっごい長生きするんです。なんでね、あの第二次世界大戦生き延びて、今の時代もまだ生きてる、という。作者自らそのイラスト書いてたんですよ。

昨今のファンタジー小説とかマンガだと、魔女は年とらないって多いじゃないですか。下手すると幼女の姿をしているっていう。いわゆるロリ婆だったりの設定が多いかなと思うのですが。ワーシェンカは年を取ってしわしわになってるんです。で、スマホを手に取ってめっちゃ渋い顔をしてるっていうイラストが上がってて。(おそらくプーチンのせい)

魔女も年取るだとかそれはそうだよね。魔女は不老不死みたいな設定は常に付いてないもんなぁって。まあ、長生きすると。その第二次世界大戦を生き延びてソビエトが崩壊してロシアになって、今はウクライナ侵攻とかって知ったらどうなんだろう。そのニュース?を「スマホで!」見て魔女は何を思うのか……ということですね。

下士官の方は「人」なので、同じ年月を生きられないのかな、とかね。色々なんか考えることがありました。

で、昨今、政情不安じゃないですか。なんか最初の3,4日とかロシアは核を持っているので、夜寝て朝起きたら第三次世界大戦が始まってて、世の中の半分なくなってるんじゃないか、とか。

あとね、北方領土っていうかもう実質的に日本の領土じゃないですけど。なんか近いじゃないですか。北海道は終了になったりとかする可能性あるんじゃないかとか。

あとロシアは同性愛に対して厳しいじゃないですか。なんかすごく不安でね。……という話。

私が持ってるのは古い版の方なんですけど、今は新しい版が出て、おまけ漫画とかイラストとか追加で。だから今はそっちを買った方がいいかな、って思うんですけど。上下2巻。興味ある人はお読みあれ。

はじめはあまりにしわしわで「あれ?」と思ったんだけど、前髪が同じだし確かにワーシェンカだわ。。。

2022.3.21配信分の切り出し

復帰1日目。

 それらしいコンテンツを上げて1日目。

 昔ほど心臓強くなくなったのでフルフルしています。

 ワタシ個人は「百合」という装置そのものがクィアベイティングになりやすい構造を内包していると思いますね。(良い悪いの問題ではなく)

 で、夕方からジムに行く予定なのですが、一仕事終えた気分なので行きたくない。とはいえ「行きたくない」という気持ち以外で「行かない」という合理的な理由が何もなくて。とりあえず熱いコーヒーをすすってます。

 筋トレ(この言い方あまり好きではなくて、レジスタンストレーニングとかワークアウトとか)の進捗ですが、ずーーーっと中級者レベルで足踏みしたまま。このまま永遠の中級者で終わるのではと悩んでました。

 年齢的に疲労管理の問題も大きく浮上してきましたし。これは非線形的トレーニングをするしかないな、と。……で、今日は重たい胸の日なわけですよ。憂鬱なわけです。

そろそろ復活の狼煙

 約2年、放置だったこのサイトですが、また再稼働しようと思います。(無駄にサーバ代払ってるし)

 以前は厳選コンテンツを「書き切れたー!」という満足とともにアップしていたのですが、それはあまりにハードルが高い。なので、ツイキャスでの配信(始めてるし)の再録、日々徒然のライト版を上げていこうと思っています。まずは配信のテキスト化ですが、いまは良いソフトがあるんですね。YouTubeの配信の中の人をやってるお友達にソフトも教えてもらいましたので。

 テキスト化にあたって、一番のネックになっているのは自分の声を少しでも聞かなきゃいけないということ。こうやって書いている文章の方が赤裸々なのに声には妙な近さがあります。

 まあ、がんばって更新するけど!

モノガタリは現実を喰らう

 よく言われる「創作と現実は違う」ってあるじゃないですか。基本的にオタクの自己弁護の文脈で。ワタシもいい加減オタクな人間なのでオタクたたきがつらい時もあるのですが、ここら辺の創作と現実をすっぱり切って分ける手つきには違和感感じることがあるんですよね。

 「創作と現実が違う」ことの引用として使われるのってゲイ漫画家の田亀源五郎氏のサイトのトップに出てくる「現実と妄想の違いを認識せよ!」ってバナーなんですけど(引用させていただきます http://www.tagame.org/)、ここでの「違い」って創作物に出てくるアンモラルな行為(同性愛がじゃなくてプレイとしてのBDSMの中でも危険な行為)を現実に持ち出して事故とか起こしちゃダメだよ、というもの。ワタシ自身はそういう風に解しているのですが。ツイッターでは恣意に解釈して「二次元と現実は違う(から妄想無罪)」というカンジで非現実的なゲイファンタジーをベラベラ開陳している腐女子(差別的な表現ですけどあえて)がいて、いくら解釈は自由とはいえそれはちょっと……、と思ってしまうことありました。(なぜか様々な表現が打ち寄せられる我がツイッターTL)

 妄想が妄想のまま保持されている分にはいいのでしょうけど、大体が何らかの「表現」として社会に漏れ出してきて現実として現出してきてます。その目の前に「析出されてきたもの」は現実に本当に影響を及ぼさないのだろうか、というのが今回のエントリのキモ。

 で、個人的には「残念ながら創作は現実に影響を及ぼす」と思っています。というのも、わりと大っぴらに自身の「レズビアンである」というセクシャリティを公にカムアウトするようになって再三再四、再五再六……、数えきれないほどシスヘテロ男性と思われる人々から「(性行為について)混ぜて、見せて」言われてきたので。現実にレズビアンが性行為に男性混ぜて「良かった良かった」みたいな話があるとは思えないので、どう考えてもポルノ創作物に影響されてるとしか思えないんですよね。しかも、「ちょっと気の利いた受け答え」かなんかだと思ってるので度し難い。で、こういうこと言うの男性だけじゃないんですよね、女性からも「3P要員」扱いされたこと、こちらは再三程度あるので。なんかさー、って感じです。

 ただ、ここで創作物を滅ぼそうとかワタシは思わないし(という気炎を上げた方が参照数上がるのでうれしい人もいるんだろうけど)、なんならゾーニングもヘタにやるとジャンルが滅ぶと思うんですよね。特に「百合」とか扱われているメイン年代がティーンなので、規制やゾーニングとして「未成年の性的描写」を一律で禁止すると「青い花」ですらゾーニング直行ですよ。

 昔話になりますが、昔「美粋(ミスト)」というレディコミあったんですよ。なぜか1冊まるごと「レズもの」のみという謎の雑誌。で、主にセブンイレブンで売られてたわけなんですけど。記憶は曖昧なのですが、東京都でレディコミに対して何らか締め付けがあった時に真っ先に廃刊になったんですよね。ゾーニングでコンビニ販売をちょっと厳しくするだけで消える表現ってあるんですよ。なので、簡単に「ゾーニング」持ち出すのも悪手になりえます。

 と、まとまらない話になりましたが、次回は「現実はモノガタリを食い潰すのか」を書きたいと思います。

ボディポジティブが分からない!

 そのうち詳細書くつもりではいますけど、ワタシは数年前からいわゆるダイエットに取り組んでいます。当初は健康診断で指導が付くくらいの軽肥満っぷりでしたので「美の規範」からの要請というよりは「健康」からの要請だったわけですが。(「健康という規範」という観点もありますが、ここではスルーします)

 ダイエットに取り組んで、食事を制限して筋トレ始めて、BIM(ボディマス指数)で標準体重域に入るのにはそんなに時間がかからなかったと思います。ただ、見た目の「感じ」にワタシは納得いきませんでした。それと、ワタシはもともとジムに行くのが好き。筋トレ継続して「納得のいく仕上がり」を求め始めました。……で、愚か者が陥りがちなことなのですけど、ワタシは筋トレ楽しすぎて当初の目標ではなくパワー系の競技スポーツを念頭に置いたトレーニングに重点を置くようになります。ボディメイクではなく全身の協調性を使って重量を挙げる的な。で、まだ大会には出ていないのですが、マスターズのカテゴリーなら出ても恥ずかしくないところまで記録を詰めてきました。(トレーナーはマスターズじゃなくて一般でも行けると言いますが、それは勘弁してほしい)

 と、競技を念頭に置いてトレーニングしてたのですが、ふと頭に浮かんだのが「階級制スポーツなんだから階級下げた方がお得」……ということで、従来の週2-3回のジム通いに加えて割と厳密な食事管理を始めました。具体的には1日1400kcal目安で摂取、タンパク質は60~100g目安というカンジで。すると、わりとするする体脂肪が削れてくるんですよ。ワタシには毎朝、鏡の前全裸で体重量るルーチンが存在するのですが(一喜一憂しすぎるので体重量るのはパスすること多い)、徐々に腹筋の縦のライン出てくるし、背中にもぬるい感じで鬼の顔が出始めるので徳の低い感じでうひゃってます。まあ、元々ボディチェックを「ナルシストタイム」と命名してたわけですが。

 でも、心の中で何かがささやくんですよ「お前はなぜありのままの自分を愛せないのか」と。確かにワタシは社会が要請するボディイメージに迎合している。(ちょっとマッチョ寄りだけど)でも、数年前の自分の体をありのままとして愛するのはかなり無理。できれば数カ月先の仕上がりをありのままとして愛したい。なので、半分イチャモンだとは分かってるのですが、「ありのままのプラスサイズモデルだってメイクしてんじゃん。ワタシの大殿筋だってボディメイクで練り上げた努力の結晶だよ!」とか小学生みたいなことを考えてしまう。ボディポジティブ運動は「社会における痩せ=美しいという規範」に対するアンチテーゼなのにどこに反発してんだよと。バカか。

 と、ワタシの中でそういうコンフリクトありつつも、全力を出して重いものを上げ切った時の原始的な喜びや鏡の前でうひゃれる楽しさが大勝して、ジム通いと食事管理続いてます。ジム通いは中断期間もあったけど2年超え、食事管理はちょうど4週間です(これ書いた時点、このあと2週間ほどスリップしてます)。筋トレやボディメイクは「何を目指してるの?」と言われがちなものですが、ワタシの中の理性を超える「楽しさ」のためにやっているとしか言いようがありません。万人にはお勧めしませんが、「身を焼く楽しさ」は確実にあるので、またこの辺のことは書きたいと思います。(特に競技スポーツについての考察など)

 それにしても、ワタシはボディポジティブへの理解が薄いし、根本的に分かってないのではと思うこの頃です。

災害とレズビアン その1

 ごたいそうなタイトル付けましたが、自分で編んでる非常持ち出し袋の中身をさらすというだけのコンテンツだよ! 19年の結構大きい台風が東京を直撃しそうになった時に必要性を感じましてね。台風待ってる時に雨戸閉めたり外に出てるもの仕舞ったりとやることやったらあとは暇じゃないですか。お友達とのLINEグループで非常持ち出し袋の中身をさらし合ったのがきっかけ。この時は手持ちのジムバッグにあれこれ突っ込んだだけだったのですが、ここから非常食とか少しづつ追加しています。まだ完成してないのでそこはご容赦くだされ。

 まず、ガワの袋そのものですが、これはアマゾンで新しく買いました。台風の時に暫定的に詰め込んだのはジム用のメッセンジャーバッグだったのですが。普段使いしてたらいざという時持ち出せないし。(台風なら詰める時間あるけど地震だったら即持ち出せないと)

アマゾンの履歴みたら2019年の10月に買ってますね 3699円 ちなみに右側にぶら下がってるのはフライパンです

 非常に備えるとはいってもどの程度の非常なのか、というのは大きい問題なのですが。自宅で3~5日持ちこたえることができる、もしくは近所の避難所で多少は快適に過ごせそう、なのを想定してます。で、今詰め込んでるのは下のようなもの。

 右上から時計回りに ①Tシャツとマスク3枚 ②生理用品 ③救急キット ④エアーマット ⑤ちょっとした口にするもの(ポカリスエット、ラムネ、干しいも、プロテイン ⑥アルファー化米6食 ⑦嗜好品セット(ティーバッグ、チョコ、砂糖など) ⑧ショッピングバック ⑨いなばの缶カレー×2 イワシのトマトチリ味×2 ミックスフルーツ缶 ⑩ウエットティッシュ ⑪食器かわりのお弁当箱と歯磨きセット ⑫なぜか入ってる紙皿とお箸 ⑬イワタニのシングルバーナー ⑭手ぬぐい2枚とメガネ2本 ⑮虫よけ

 何で入れてるのか分からないものもあるのですが、着替えをまだいれてないので入れなければというカンジです。実は着替えに何を入れるかが考え物で。季節ごとに入れ替えるべきではないかとか色々考えてます。まあ、3日分の下着と靴下は入れておこうかなと考えてます。

 例の10万円の使い道ですが、気にかかってたけど優先度低くてできなかったことに回すと良いのではー、とか思ってます。(で、シングルバーナー買ったので、お友達とちょっと高尾山でも行こうか、とか話してます)

 なんだかんだ、マイノリティは何かあった時に死にやすいんですよ。おそらく避難所も居心地悪いのではと想定されるし。ちな、生理用品入れてますが、ワタシはほぼ閉経してるので自分用ではないです。持ち出し損ねた近所の人や知り合いのFTMの子が困ってる時とかにこそっと渡せたらいいなと思って入れとります。

「ブス」という役割 その②

 何度もあちこちで語ってますが、1992年6月6日に「MONALISA」というレズビアン向けのクラブイベント(その後、改称して「GOLD FINGER」)に行ったのがワタシのレズことはじめ。で、これを皮切りに二丁目だの真面目なフェミニズムっぽい集まりだのに行き始めました。いま、ワタシは「つっちー」と名乗ってますが、最初から「つっちー」だったわけじゃなかったのです。このいわゆる「デビュー」当時は本名そのままの「ゆき」を名乗ってたんです。二丁目でよくレズが名乗る通り名というのがあるのですが、ジュンとかユウとかナオとか。それに並んで多いのが「ユキ」でした。どれくらい多いかというと表記違いでもオフ会行くと必ずダブりがいる程度には。

 と、たまたまダブりの多いゆきという名のワタシですが運の悪いことに同じころにデビューしたゆきちゃんがもう一人いました。そんでその子は活発だけど髪が長くてメイクもしてて今でいうフェムっぽい感じ。ワタシはというとショートボブにすっぴんでタチともネコともつかない中途半端な感じでした。ということで、その髪の長いゆきちゃんは「かわいい方のゆきちゃん」ワタシは「そうでない方のゆき」とほんのちょっとの間呼ばれることになって、さすがに嫌すぎるのでつっちーと名乗ることになったのでした。嫌すぎるというか、普通に傷つきますよね。

 おそらく、「そうでない方」と言った人は「かわいいほうのゆきちゃん」の歓心を無理にでもかいたかったのだろうなぁ、と今なら同情まじりに思うことのできるのですが。「タチがネコを選別しようとする」レズビアンのタチ/ネコ文化はなかなか馴染めませんでしたし(今も割と無理)、「典型的にかわいい女の子」であるというのは一般社会で結婚せずに生きていくのを困難にさせました。ので、合理的な判断?としてワタシは「ブスという役割」を引き受けてしまい、それが固定すること数十年。割と最近まで自分が「ブスである」という自意識を持ち続けていました。

「そうでない方」と言われてから約3年後 今見るとたいしてブスでもないと思うんですよねぇ……

 ワタシが「ブスという役割」を捨てたのはほんのここ1年かそこらの話です。ダイエット通じて美容にも気を使い始めて、「アレ? ワタシちょっとイケてんじゃね?」と思えるようになり。もう50歳も超えれば職場のやり取りの中で発生しがちな「異性との結婚」への誘導にもさほどおびえずに済むようになりました。二丁目でも恋愛市場から(不本意ながら)抜け出してるのでワタシをジャッジする人はもういない! ワタシは自由だ!!

 なので、たまーに行き会う感じ悪い古いレズがワタシをブス扱いしてきても、「パードゥン?」という態度取れます。自分を卑下しないで済むのって気分いい!そして、ブス扱いしてきたヤなレズが慌てたりするので。「やっぱりワタシのことホントはブスだと思ってなかったんじゃないか!」って思います。……この一連のワタシの経験、腐った分断統治カルチャーが一部のレズビアンにも浸透してた証左の一つだと思うのですが、レズビアン特有の「タチ/ネコカルチャー」と悪魔合体してたのでややこしかったですよね。(ネコの持つべきジェンダー表現からはみ出すけどタチじゃないのが「ブス」というカンジで)

 と、これだけ読むと、「レズビアンのルッキズムは厳しい! ひどいところだ!」とジャッジする他分野の人がいそうな気がしますが、恋愛からむところでルッキズムのない所は恐らくないし。ゲイのルッキズムに比べるとさほどでもないのではなかろうか……、と個人的には思っています。

 容姿をめぐる分断統治カルチャーですが、この呪いを祓うにはおそらく「ボディポジティブ」が一番のお札になると思います。けど、ワタシは違うルートで楽になったという話。どっとはらい。(これはマジでハッピーエンド)

「ブス」という役割 その①

 ちょっと前に志村けんが亡くなったじゃないですか。それで、YouTubeに違法アップロードのコントが大量に出たのですが。ワタシは「8時だョ!全員集合」の全盛期にコドモ時代を送ったので、親が見せてくれなくてもまあ、懐かしいなと。その懐かしさにつられて観てみたのですが、まあひどい。特に研ナオコへのブスいじりひどすぎてみるに堪えないコントが多かった。ナオコいじりもつらいのですが、それを見させられている当時旬のタレントが死んだ顔で笑ってるのがまたつらい。そもそもナオコはブスじゃない。標準より目が離れてて口が大きいのですが、小顔で痩せててオシャレ! って、それは「個性」というものでは? と、やはり違法アップロード?の「夏をあきらめて」を聞く2020年の梅雨、鬼レズ51歳。

https://www.youtube.com/watch?v=Q4m-Ju1PAQ4&list=RDMMQ4m-Ju1PAQ4&start_radio=1
「ブス扱い」されてたから目がくもってましたが、今見ると個性的でステキだと思います

 「ブスいじり」は現在も続いていて女芸人と呼ばれる人たちは「いかにうまくいじられるか」を競っているようで(ワタシはテレビを見ない生活をしているので最前線のお笑い事情にはうといのですが)。個人の選択というのはそうなのですが、女性に「美人/ブス」の役割を振って処遇を露骨に変えるカルチャーはあまり良いもののように思えないのです。

 「役割」と書きましたが、美人はともかく「ブス」の役割ってそれを名付ける人の恣意で行われるもので、あんまり現実の美醜を反映してないと思うのですよ。「ブス扱い」されてる女芸人の顔見ても大してそんなにブスには思えないし、なにより人目にふれる仕事してるからあか抜けてますよね。人によってはわりと好みだったりします。うん。なにより、路上でナンパかなんか断られた男が悔しまぎれに「ブス!」とか捨て台詞吐くじゃないですか。さっきまで「ワンチャンあれば……」とか思ってた女性によく言うね! って話ですが。

 で、ブスでもない女をなぜブスと呼ぶかなのですが。これ、分断統治の一種なんだとワタシは理解しています。ナンパを断った女性を「ブス」と呼ぶように「生意気」とか「ものを言う女」が「ブス」と呼ばれがち。そして、あからさまに粗末に処遇する。逆に「美人」はチヤホヤされるのですが目の前でブスが粗末に扱われているのを見せつけられてるので声を出しづらい。と、わりと良くできたシステムですよね。人の容姿への好悪はわりとプライベート領域に属すののでパブリックに問題としづらいですし。(例としてフツ顔なのにブス呼ばわりされる女芸人のこととか書いちゃいましたが、逆にフツ顔もしくは微妙なのに美人扱いされる役回りの人もいますよね……)

 本質的にはあまり変わりばえしない人間を容姿(実は現実の容姿ではない)で分けて物を言わせない腐ったカルチャーであって、ワタシはこれを有害なものだと思うのですが。それでも研ナオコと志村けんの夫婦コントの「なまたまご~」を見るとひきつけ起こしたように笑ってしまうのです。ホントにワタシってダメだなぁと思いますねー。

 ここまでは「男って最低!」ということで済ませて楽になるのが定石ですが、まあ古いレズとしてはこのカルチャーがやっぱりレズビアンにも染み込んでしまっていることを次回書こうと思います。(つらい)