ずーっと考えていたこと
私は1994年から自分のことを「レズビアン活動家」と規定してこの年まで来ました。私が活動家として腹をくくったことの一つは「言論の矢面に立っても構わない」でした。要は「誰がマイクを持つのか」問題で自分がマイクを持つ決意をしました。2010年代半ばくらいまでは目の前の課題を力技でちぎっては投げ、ちぎっては投げでした。
とはいえ、批判がつらい時もある。別に仕事でやってはいないのにキャパ超えの要求をされる時などです。強制異性愛社会からではなくてレズビアンの個々人から出る批判や希望です。「もっとサイトの更新頻度を上げるべき」「東京だけじゃなくて、地方のトピックを取り上げないのはおかしい」とかの類です。前者においては「私のサイトは公的なものではなく、あくまで私的なもので、あなたも私も一日は24時間しかない」、後者は「誰が交通費を出すんですか」です。
その後、気力体力の衰えもあって、活動家としてはほぼ休止状態に至ります。でも、なんとなくうっすらと考えていたことがあったんですよ。「なんで何もしない人からそんなにキャパを超えるほどの要求をされなきゃいけないのか」と。
無邪気な要求が一番こたえる
先のサイトの更新や地方の情報が欲しいというのも、言った人にとっては素直な気持ちなんだと思いますよ。ちょっと面白いサイトは毎日のように記事を読みたいし、自分の住んでいるところのイベントとかが盛り上がったらうれしいですよね。
ゆーて、私もただの人間なので顔は一つだし腕も二本しかない。なので、八面六臂の活躍なんて無理なんですよ。しかも、プライベートの時間を削って、その上貯金を減らしつつタダで(どの時間で彼女作るんだよ)。いくらなんでも資金繰りを軽視しすぎ。今思い返すと持続可能性なさすぎです。なので、私よりもずっと優秀な活動家がどんどん消えていきました。本当にもったいない話です。当時の要求がもう少しぬるければ、今でも肩を並べて何かやれてるかなとか、無意味なタラレバを考えてしまいます。私が残れたのなんて、人よりかなり我が強かったからなだけです。
ただ、私も今思うと我が強いばかりに言葉がきつくていろんな人を傷つけていたなと思います。とはいえ、四半世紀以上前のレズビアン活動家としての私はそうやって力んでいないと立っていられませんでした。当時の活動は今となっては反省まじりの誇りです。
市井の住人なのか、活動家なのか
その素直な希望をする人たちって私のような活動家とは違う市井のレズビアンだから、と思うことでつらさをやり過ごしていました。市井の人々は思ったことを口にするだけで何も責任は取らないし、言い返せば「わー、ひどいこと言われた」と被害者意識満々になるもんだと思ってました。今思うと、差別的ですね。そして、あまり口にはしませんでしたが、ずっとその不均衡な関係に腹を立てていました。でも、それっておかしくないかと意識的に考えるようになったのはここ数か月の最近のことです。
以前とは違って、人みなSNSのアカウントを持ち、日々思ったことを書き連ねる時代になって人目に触れるようになっても、私の意識の改革がいかなかったのです。SNSで書いたふとしたことも開示請求から刑事告訴につながりうる時代になったにもかかわらず。
誰しも自分の言論には責任を持つべき
たどり着いた答えは明快でした。立場にかかわらず「人は自分の言ったことに責任を持つべき」です。何かに対して批判をしたが、批判された側からの言葉は聞く耳持たないとかありえません。主語が大きめな活動家であろうと特に活動していない無名の市民だろうと、言論には責任が伴います。
当たり前のことですが、20代の自分に聞かせてやったらずいぶん楽になれたのになと思います。どっとはらい。
余談
強烈な愚痴をかましましたが、私のやりたいことについて名前が残らないにもかかわらずサポートしてくれた人たちもたくさんいます。サポートについては千差万別で、フツーに食料をくれる?とか、愚痴を聞いてくれるとか、「記事面白かったよ」と言ってくれるとか、原稿の校正をしてくれるとか、東京⇔地方の距離のあるところに出かけた時に泊めてくれるとかです。やる気を無邪気にそぐ人のいる一方で、時間やその他のリソースを割いて手助けしてくれる人もたくさんいました。それがあったから私はまだ生きていけているよなーと思っております。ありがたいですよね。
