「完璧じゃない、あたしたち」レビュー そこにあるけど見えない差異

「完璧じゃない、あたしたち」という短編小説集がある。奥付には2018年1月25日発行とある。奥付の発行日と実際の発行日が違うことはままあるが、ワタシはちょうどそのころ足を骨折した。ので、この本はボルトを2本埋める手術の後、冷たい針で縫ったような痛みをたまに感じながら病院のベッドで読んだ。

読み終わった後、病室で「あれ……?」って思いました (詳細本文)

 ツイッターで作者の王谷晶さんのツイートはよく見かけていた。政治的スタンスも良くうなづけるもので、レズビアンであることも公言している。ワタシよりは一回りは若い作家ではあるけれど、「私たちの作品」に共感する気満々で読み始めた。が、一気に読み終わって期待していたものと全く違う世界がそこにあって、それがワタシをわりと打ちのめした。

 出来の悪い小説だったわけじゃない。逆に良く書けてたからこそ打ちのめされた。23本の短編、そこにはワタシの影すらもほぼ存在しなかった。

 同時代を生きる首都圏のレズビアンの生活が交差しないことなんてあるのだろうか。それはある、厳然とある。「完璧じゃない、あたしたち」に描かれているのは北関東の小都市、そこに生きる女の子たち。埃っぽい小さな工場、油っぽいビニールクロスのかかったラーメン屋、冬の冷たい乾燥した強い風、ブリーチをかけすぎて傷んだ髪、駅前の安スナックで執拗に繰り返されるセクハラ、折り合いの悪い家族。そんな世界がぎょっとするほど生々しい。短編の色合いは様々で、おとぎ話じみたものからSF、戯曲まである。その中でも底にずっと流れているのは限られた世界の中であがく女の子たちの苦闘。

 読み終わって打ちのめされたのは罪悪感ではない。なんか共感する気満々で読んだのに共感することが難しかったからだ。若い頃のワタシは家族の中に問題はあったけど、金銭面で苦しい思いをしたことがなかった。ワタシはバブル絶頂期に東京の私大に実家から通って、小遣いも十分に与えられていた。学校帰りに定期券で神保町に寄って古書店の100円ワゴンをあさったり、喫茶店でコーヒーを飲んだり、美術館に寄ったりする生活をしていた。つらいのは通学時間が長くて痴漢に遭遇することと講義が難しくて試験が憂鬱なこと、そして時折心をよぎる「ワタシはやはりレズというものなのだろうか」という暗い疑念、それくらいだった。親のお仕着せの服を着ていたワタシは文学少女のお嬢さんに見え、その質素だがお金のにおいのする姿に力のある父親の影をかぎとるせいか卑劣な男はワタシの前には立たなかった。

 ワタシが存在していそうだな、と感じたのは一編だけだった。「しずか・シグナル・シルエット」。ネタばれしない程度にどんな話かというと、阿佐ヶ谷のとある個人商店の店主の女性に恋をするレズビアンの話だ。阿佐ヶ谷はワタシの住んでるとこから二つ隣の駅。わりとレズビアンが住みがちなエリアである。で、この望み薄な恋をしている主人公、この短編集の中では例外的に地元脱出をうまくはかれて安定した職を得てるっぽい。が、おそらくやっぱり容姿はもっさりとしてあか抜けないタチだ。わりと文化的に近い人について類推するのは好きだ。主人公はたまには二丁目に行って、小さめのバーでちょっとカッコよくウイスキーを頼んだりするのだろうけど、酔っぱらってかなわぬ恋の話を頼んでもないのにボロボロしゃべり始めて、あいづち打つのも難しい、そんな風ではなかろうか。そんなカンジで読むのは楽しい。そして、そのバーの隅っこにはやっぱりワタシがいて、カウンターの中からママが「タスケテー」と目でサインを送ってくる。そんな夜。

 ワタシは勝手に「そんな夜」の共感を期待しちゃったし、なんなら都心のオフィスビルで恋に落ちる「そんな昼」も通勤に向かうホームで見かける女性の横顔を盗み見る「そんな朝」まで。

 「レズビアン」とくくっても、地域年齢社会階層容姿学歴趣味嗜好は様々で、いろんな人がいる。それは当たり前、当たり前のことなんだけど、頭の中からごろりと抜け落ちてしまうことがある。小説に限らず、文章でつづられるレズビアンの「お話」はなぜか社会階層高めの首都圏在住の人の話が多くなりがちだ。それは「語り手」がそういう人が多いから。その偏りはそのままレズビアンコミュニティの「言論」の偏りにもつながっている。

 と、あまりにも「社会的」に読んでしまったかもしれないが、出版されて2年以上経っているのにそのあたりのことに言及している人がワタシの見る限りではいなかったのが意外だった。読後、打ちのめされてから立ち直って思ったのが「これはプロレタリアート百合!」とか「レズビアンの『キャラメル工場から』!!」だったのです。

 その小説自体の生々しい鮮烈さや魅力には全く触れられなかったレビューですが、一読しておいた方がいいですよ。なんといっても、この短編群にはフィクションはあっても、「嘘」はありませんから。その鮮やかさがあるからこそ、曖昧な共感も嘘くさい連帯もワタシに許さず、そこにある「違い」をワタシに突き付けたのですから。

レズバーはいつ行くべきか

 ワタシは大学卒業してほどなくレズビアン向けのクラブイベントに行ったのがいわゆるレズビアンコミュニティにつながったことはじめ。それからレズビアンバーなどにも行きはじめ、あまり出歩かなかった期間もあるがずっと首都圏レズビアンシーンの夜の部に魅惑され続けている。

 そして、いわゆる真面目な「アクティビズム」は記録されるが、夜の街の密やかな歴史が消えていくことに危機感持っていた。いわゆる活動系のレズビアンはナイトシーンを記録しようとしなかった。それにワタシよりも年上のお姉さんたちがオープンしたバーがぽつぽつと消えていっている時期でもありましたから。そんなこんなで作り始めたのが「東京レズビアンバーガイド」シリーズの同人誌。これはまだ継続しているプロジェクトなので、ちょっと残部が売れたらいいなぁという気持ちもあって、1本だけ雑文を収録します。以下お読みください。

まだ在庫あるので買って欲しいですー 手売りだけですけど

レズバーいつ行くの? いますぐ!

ワタシは嘘がつけないタチで
 二丁目レズバーの同人誌を書いていることが知れ渡ると、よく言われることがあります。「今度連れて行ってください」と「もうおばちゃんだけど、行ってもいいかしら」がツートップ。前者については前号で触れましたが(結論:ひとりで行け)後者については「えー、全然~、そんなの~、大丈夫ですよ~❤」待ちなので割ととてもかなり面倒くさい。
 正直、レズビアンバーでの恋愛メイン年代はせいぜい35歳まで、よほど若く見えてもアラフォーまでなので40過ぎたら苦戦が見込まれます。めくるめく色恋を期待してるなら全然大丈夫じゃない。「今すぐあきらめな!」というのが本音。ワタシは嘘がつけないタチなので。いやネコなんだけど。(だまれ)
 中には20代後半で「もうおばちゃんだけど」とか言う小娘もいますがケンカ売ってんのか。横っ面ひっぱたいてやりたい。(アラフィフの徳の低い本音)20代後半とか一番いいので、今すぐ新しいパンツをはいて行って欲しい。

レズバーに何を期待してるのか
 半分人生相談みたいな感じで「ずっと行ってみたいと思っているうちにいつのまにか50代になってしまいました」とか言われると本当に重い。とはいえ、そういう人生を選んだのは自分なので何とも言いようがない。ただ、レズバーに期待しているものが色恋でないなら苦戦とか考えなくてもいい。ワタシが二丁目に通うのはもう昔みたいに夜の恋を探してのことではない。自分を育ててくれたレズビアンのバーシーンに対する愛着、それを何とか消える前に記録しておきたいという執念あってのことだ。ただ、女性たちが憂いなく夜を楽しんでいるのを見るのは楽しいし、こんな夜がずっと続くといいねと祈りたくなる。時によると、なにか神聖な気分にすらなる。
 そんな風に一歩引いた「主役の人たちを見守るわき役」として過ごせるのなら何歳だろうと遅いということは絶対ない。
レズバーが舞台なら
 レズビアンバーが舞台なら、主役はやはり恋をしている女の子たちだろう。だけど、わき役であるところのオバサン達にも人生があるし、ドラマはやっぱりある。恋に出会わなくても友情は生まれるし、友愛もまた尊いものだ。
 あなたがレズビアンバーに入店できる要件を満たし、かつ行ってみたいと思っているのなら、万障繰り合わせて出かけることを検討してほしい。何であろうとバーシーンは若くて体力あるうちの方が楽しめる。もうホントに、今すぐ、今週末にでも、出かけるべきです!
(2018年12月31日刊行「東京レズビアンバーガイド3杯目」より)

 同人誌というメディアなので割とマイルドに書いてますが、レズビアンコミュニティは恋愛を基盤にした集団なので、人の美醜や年齢にはわりと冷酷な所があります。「差別される人がさらに差別するなんてひどい!」という人もいますが。いや、オメー何言ってんの? とワタシは思ってしまうクチ。そういうこと言う人が性愛の対象でも美醜も年齢もまったく気にしないというなら「左様ですか」と思わなくもないのですが、大体は自分のことは高く高く棚上げして相手には高いレベル求めてたりするんですよ。まあ、冷酷なのが正しいとは思いませんけど。

 なので、わりと年行ってからデビューしようと思ってる人はあまり期待しない方がいいと思います。(若い頃に事務所に所属してたクラスの美人とか除く)ワタシなんて、同年代で貧乏でもちゃんと働いてて容姿レベルと脳ミソレベルが自分と同じくらいの人、と割と控えめな条件でも全然マッチングしませんもん。現時点ではレズビアンは年取ると(恋愛的には)苦戦しますよ。マジ、思い立ったら老いも若きもすぐに行った方が良いです。ホントに。

理解と解釈の間

 ワタシにとって去年読んだ漫画のベストワンは「ヘテロゲニア リンギスティコ」だったのですが。その面白さのコア解説はまたの機会にとっておいて、その作中でとても印象的だった一節。

「私が理解だと思っていたこと 理解ではなく解釈だった 理解への壁は限りなく高い 今後はこの自覚を持って臨む」

ヘテロゲニア リンギスティコ1巻より

 駆け出しの言語学者に託した恩師の覚書の一節なのですが。これ、わりとワタシに響いたんです。レズビアンなんてマイノリティを長年やってると、「解釈」されること多いんです。「どっちが男役?」とかの類の。(もっと下劣なこと言われたりしましたが、今度の「マッハで走る」サイトはもう少し上品に運営しようとおもってますので、おほほ)

「私たちは異性愛者と変わりません!」と言われると「そうか、愛情あって一緒に住んだりするのは自分たちと同じだもんな」と「良心的」なヘテロセクシャルの人は思うようなのですが、そこが一歩目の陥穽。男性と女性とでジェンダー制度で色濃く区分けされている男女という「異種族」がパートナーシップ組むのと我らは違うのですよ。リードする方される方の役割固定はないではないのですけど。その分担はよりゆるいので「男役/女役」と言われても、「は?二人とも女だけど?」というカンジになるし、なんで常に男がリードすんの?って思う。(余談ですが、そのリードするべしという規範の強い男性が料理とか掃除とかで女性に「指導」されるとすぐにすねるのではと思ってます)同じで違うのですが、自分の中に異性愛の世界しか存在せず、分からないことを「自分」に引き付けて「分かろう」とする人はこの手の間違い犯しがちです。

 とはいっても、自分の世界にないものとか知識の薄いものについては同じような間違いを犯すものですよ。アナタもワタシも。人である以上。ワタシがその愚を犯した記録が以下。

その4:ボーイズ ドント クライ 雑感

 大分、前になるが、話題のこの映画、見に行きました。(いつだったっけ?>毛玉クン)
 残念なことに実録モノの「ブランドン・ティーナ ストーリー」を東京の映画祭で先に見てしまったワタシ。こちらの方の感想としては「ブランドン君ってバカな子」だった。何もワザワザ田舎に行かなくてもいいだろーに。60年代なら純粋な悲劇だったかもしれないが、90年代でアレはないだろー、と思ってしまったのだった。そして、ブランドン君が本当にTSなのか、大いなる疑惑を持ったのであった。(だってさぁ、クソ田舎で「女役割」にはまりきれないからって、いきなり「自分はGIDである」って決め込んじゃう子ってよくいるもん)
 んで、本編。ヒラリー・スワンクの熱演は素晴らしい!さすがアカデミー女優。だけどねぇ、ジェンダーズ・アウトローな人々を見慣れているワタシの目には、ブランドン君が「パス」するってーのが信じ難かった。つーか、いがちなタッちゃん。ヒジョーに女心をくすぐる手管の数々。「アンタ!女心ワカり過ぎ!!」と何度スクリーンにツッコミを入れたことか。(ヤッパリこちらを先に見ておくべきだった)
 ストーリーはさくさく進み、「ツライ」と話題だったレイプシーンもあっさり見ることができました(ワタシってヤバいかなぁ?)。
 ワタシの心を打ったのは、追われるようにして知人の納屋に寝泊りするようになったブランドン君のもとに恋人のラナが現れる。そして、ブランドン君、初めて服を脱いでカノジョとセックスする。ここでワタシは「ブランドン君、自分があるがままの女であることを受け入れたのね。良かったわぁ」そーゆー感覚で見てしまったのだ。
 真実のティーナ・ブランドンのセクシュアリティは分からない。しかし、映画ではブランドン君が「性同一性障害」である前提で作ってあったはずだった。でも、ワタシは「レズタチ、ジェンダーの揺らぎとレズビアン性の獲得」という解釈を無意識で行った。というか、そうやって観るのがワタシにとって自然だった。
 ワタシはレズビアンとしてのフレームから逃れることができないのだろうか。ノンケのバカさ加減にげんなりするワタシも見慣れぬものには、自分のフレームでしかモノを見ない。それを痛感した。(2000.9.14)

 というカンジでトランス男性の話を「レズ映画」として鑑賞してしまうというヤバいやつでした、ワタシは。まあ、そのヤバさを自覚してこんな文章をサイトに上げたり、当時友人のMtFに懺悔をしたりしたのですが。まだ隣接領域だから気づけたもののヤバかったですね。

※注 「ボーイズドントクライ」は1999年の映画。トランス男性(当時はこの表現はほぼなくて、性同一性障害概念が優位でした)がヘイトクライムで亡くなった実話をもとにしている。主演のヒラリー・スワンクはこの映画でアカデミー主演「女優」賞などとってます。恋人役のラナはクロエ・セヴィニー。それなりの予算感をもってハリウッドでトランスジェンダーの映画が作られたはしりだと思います。
「ブランドン・ティーナ・ストーリー」はその実話のドキュメント。再録の文章の通り、2000年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(現レインボーリール東京)で上映されてます。映画祭といえば、2001年のサイトの「クイア デ ポン」というコーナーに「ボーイズドントクライ」のひどい感想寄せてます。あそこは古いサイトもそのまま残してくれているという貴重なアーカイブになっていて今でも読めます。リンクはこちらhttps://rainbowreeltokyo.com/2001/qdp/boys.html
さらに注ですが文中の「毛玉クン」というのは当時付き合っていた子です。ウッ

 こういう「間違った解釈」をどうすれば避けられるのかというと、冒頭の恩師の覚書の「この自覚を持って臨む」しかないのですが、それは心構えの話で、実際にはどうしたらよかろうかという。

 ワタシは個人的には理解できないことに直面したら当面「そうなんだー」で良いと思ってるんですよ。分からないものはあるがままに世界にある。まずそれを頭にしっかり入れておくのが大事なのではと。何でもかんでも「自分のことだと思って考える」のは違うと思いますね。そういう思考は公園の砂場でおもちゃを横取りしたこどもに「相手の気持ちになって考えなさい」っていうレベルの話で。大人は大人の理解があると思います。「自分の身になる」って結局は己のフレームから離れられないし。大人には大人の抽象的な思考があると思いますよ。そこへの扉の第一歩が「そうなんだー」なのではと。同性愛者と異性愛者は同じで違う。偉大な第一歩から地道に共通点を抽出したり、異質な部分を感じ取っていくのが大人の理解だと思いますね、ワタシは。

顔の見えるワタシと実在担保性

 2000年当時からインターネットという電子の海にポートレート写真を放流していた向こう見ずなアラサーのワタシでした。ただ、インターネットにつなげることができる人がとても少なく、さらにそこに自分の意見を書き連ねることはもっと難しい時代でもありました。(単なる「ブス」という罵倒も含めて)ワタシが顔写真を出すというのはカムアウトも兼ねてしまうのですが、あんまり心配はしてませんでしたねー。(レズ出会い系に他人が拝借してるのを発見して取り下げたのですが)今思えば牧歌的な時代でした。

過去のサイトの初代ポートレート画像

 そんなワタシが書いたテキストが以下。

その9:顔の見えるワタクシ

 このサイトを開いて20日間ばかりですが、カウンターが700を超えていて恐ろしいですね(笑)。一体誰が見てるんでしょう?ワタシはすでに何回も地雷を踏んでいるので、嫌がらせメールとかボード荒らしとかが現れるものと思ってたのですが、あまりに平穏で物足りません(小マジ)。
 で、ふと思いました。ホントはスゲーむかついてる人たちがいて、『あんなコト言ってるヤツなんて、ブスに決まってるわ』と、仲間内で言い合っているかもしれない!急にムカ入って、写真をアップしてみました(笑)。アレだけのことを書いているので、「逃げも隠れもしないぜ!(ファイティングポーズで)」という意思表明でもあるのですが、やはり反応がありません。せめて「オナペットにしました」という書き込みでもいいから何とかなりませんかね?
 関西WEでこの話をすると、「怖くて書き込みとかできないんでしょ」もしくは「ケンカするにも相手を見る」という評をいただきました。確かに「鬼」を自称してますから恐ろしげですが、ツレヅレの内容を読めば、ワタシがヘナレズであることは一目瞭然です。それで、「ケンカを売るにも足りない」なんて思われているのでしょうか?それとも写真があまりにブスだったので発言する気力が失せたんでしょうか(ひぃ)。
 あれこれ考えているウチに「顔出しって失敗だったかも」という結論に達しつつあります。春乃かおりがあんなにバカなのに需要があるのはカムアウトの正義が働いているからだと思います。でも、匿名性を保ったままの冷静な議論というものもできるはずですがねぇ。一人でヤーな気分になってたり、友人、恋人とワタシの悪口を言い合うくらいなら鬼が島へ!今のところは鬼が島の書き込みって、ほとんど身内なので、純粋な反応というのはイマイチ分かりませんから。
 で、今、思いついた一つの原因が……「掲示板がプロすぎる」。業界に名を馳せてらっしゃる方のご来駕が多いということで敷居が高いんでしょうか。うーむ。(2000.9.26)

 インターネット炎上の怖さを分かってない!! (ないものは怖がれないという)今思えば、「ブスだからそれがどうした」という話ですが。この頃から何か活動でも何でも目立つことをする奴はブスという根強い呪いがあるのが見て取れますね。いや、ホントに他人の顔面がどんな出来かなんてどうでもよくね?

 と、いうか、ここで書きたかったのは「顔出し」とか「カムアウト」が生む権力性ですね。そりゃ、電子の海の中のどこのだれか分からない人が書いてることよりも実在に結びついている人の言ってることの方が信用される。そりゃ、「責任を取る」ことができるし求めることもできるのだから仕方がない。とはいえ、匿名性を保っている意見をことさらに軽視したり、ないがしろに扱うのは違うんじゃねーの?という話。なんか、そういう危険性を2000年当時から感じていました。

 ちなみに文中の春乃かおりってSPA!とかに出てたレズタレントの走りなのですが、コミュニティの情報をピックアップしては小バカにするという最低なゲイ風で、学生サークルの抗議もガン無視の上、引退して男と結婚して逃げ切るというクソオブクソでした。顔出しカムアウトの先駆者がこんなだなんて日本のレズビアンの歴史上での超汚点ですよ。ほぼ忘れ去られてますが。ワタシは忘れない!!

 カムアウトの権威性はそんな風に問題なのですが、そこに容姿の良さが乗っかると「は?」ってことが「いい話」として流れてきて消費されてたりするので震撼しますね。また反面、匿名でも耳を傾けよう!……とはいえども、肝心の言ってることがクソだったら取り合う価値ないです。実害出たら通報&情報開示一択ですが。出会い掲示板に名前を変えつつ常駐しているバカと変わんないですよ。滅びよ。

ワタシは「ありのまま」がきらいです

 ありのままの情念ほとばしるサイトを再開しておいて嫌いも何もないもんだとは思いますが、ワタシは「ありのまま/自分らしく」という言葉にベッタリと貼りついた甘えが嫌いです。ありのまま、と一言で言っても「どのレイヤーでのありのまま」なのかは判定難しいのですが。ワタシが嫌いなのは2001年の夏に書いたようなこれ。パレードの実行委員の業務さなかで忙しかったはずなのに何を書いてたんだろうワタシ。よほど腹に据えかねたことがあったのだろうけど、忘れてしまっているので今のワタシにとっては大したことではなかったのでしょう。

その41:「自分らしく」の甘い罠 

 変態サイト(ココ含む)を渡り歩いてよく目にするのが「レズとかバイとか、男とか女とか関係ない!ワタシはワタシらしく在ればいいんだ!」という主張。うなずきかけて、「なんか違う」と傾きかけた首を戻すということが何度もある。
 自分にひきつけて考えれば、ワタシは「自分らしくありさえすればいい」という境地には全く至っておりません。カテゴライズはありとあらゆるメンドウな問題(グラデーションの分断、同一カテゴリー内での差異の消滅、うさんくさい連帯感など)を引き連れてはきますが、ラベリングから発生するプライド、そこから巻き起こる運動、それも大事だと思うのでっす。今だワタシはレヅとして生活し、レヅとして生活できず、レヅとして活動し、ゆえに挫折しつづけているのです。自分らしくあろうとしても、出社する時は、髪の色が明るすぎやしないか、短すぎやしないか、服がカジュアルすぎないか、そんなくだらないことに縛られています。
 確かに、「自分は自分よ!」と、言えるのはカッコイイ。まろうさんなんかがそういうカンジで生きていってるのはすんげー憧れる。いつかワタシもかくありたい。
 ただ、サイトに溢れる「自分らしく」の中の「自分」がどの程度、充実したものかは疑問が多い。人間誰しも確固として揺るぎのない自分らしさの種、は持っているけれども、芽生えさせるのにはそれなりの経験や思考が必要だと思うから。
 飲み屋で「自分は自分だから」と思考を放棄して、口半開きで女のケツを追いかけているレズには説教のひとつもしたくなる(ホントはしません)鬼レヅではあります。
 ホントは深い問題だけど、今回はさらっとね。長いこと徒然書いてなかったから、ネタがたまっていますのよ。(2001.8.13)

 もう20年近く前に書いたテキストだけど、そんな外したことは書いてなかったなぁと思います。ただ、流行の言い回しが「自分らしく」から「ありのまま」に変容しただけで。(だいたいアナ雪のせい)思考をしない「ありのまま」ってただただ野放しの欲望があるだけで、人に対して負担を強いるものが多い。互いに「ありのまま」を垂れ流し合えればそれはそれで良いのかもしれませんが、たいてい立場の弱い人によりその負担がのしかかるじゃないですか。やだー。

 オノレの心地よい「自分らしさ」とか「ありのまま」がなんで心地よいのか考えないと人に迷惑がかかるし、何よりカッコよくないよ、という話でした。

 まあ、ワタシも怒りや悲しみのおもむくままにTwitterではありのままのレズおばさんなワケなんですが。昔よりはかなり抑制が効くようになったとはいえ。気をつけねば。

#おうちでパレード ?

 ワタシはパレードにはいろいろな思いがある。その辺をつらつら語ると煩雑すぎるし、誰も読まないと思うので昔のサイトに書いた文章を引用しようと思う。昔、100近く書き散らしていた「鬼の徒然」というコーナーのエッセイの1つ、ワタシが実行委員を務めた2001年の秋のテキストだ。(昔の東京のパレードは真夏に開催されていた)

その45:パレード雑感 

 本当のことを言います。ワタシはパレードに参加して「心から楽しい」と思ったことは実は一度もありません。がーん。今に至るまでの参加歴一覧を下に示します。
南パレードの第1回 国際ビアン連盟の下働き
(このときが一番楽しかった。でも、下働きってトコロで不完全燃焼)
南パレードの第2回 UC-GALOP(UPPER CAMPの前身)の一員
(当時のカノジョと離れ離れで参加、かつミックスの限界を見る)
南パレードの第3回 ミニコミLABRYS DASHの取材
(世にも恐ろしい「レズのくせに」発言のために楽しいドコロではない)
砂川パレード 一般参加者として撮影禁止ゾーンを歩く
(昨年の徒然を参照、とてつもない虚脱感に襲われる)
福島パレード 実行委員
(写真撮影のために最初の300mだけ歩いて、ソッコーUターン)
 まあ、実行委員ってことで、みなさまに参加して欲しいってのが本音でした。とはいえ、「参加することが正義だ!」つー中心教義があるようなサイトにウチがなるのもヤでした。ワタシ自身がパレードについては複雑な思いを抱いていましたから。
 でもでも、何でワタシがパレード実行委員をやったかといえば、パレードがどーしたって業界最大イベントである事実はゆるぎないからです。パレードについてあーじゃこーじゃと世の片隅で吠えてもパレードはなくなりません。だったら、乗っかってワタシが思うところの「一番お得」な姿にパレードを近づけるのがいいんではないか、と。 実際、パレード効果はすんごいです。「実行委員」の肩書きでいろんなことができます。プロのイラストレーターもタダで描いてくれるし、ミニコミが喜んでスペースを割いてくれるし、ボランティアさんも言う通りに動いてくれます。「ワタシってスゲエ?」って思い込みそう。これで、昔っからホソボソとミニコミや個人サイトで文章書いたりする零細活動をしてなければ、ウッカリ勘違いしそうなほどです。ちなみにスゲエのはパレードであって、委員ではありません。チーン。
 正直、途中で怖くなった。コミュニティのあちこちが協力体制に入っていくので、「パレードファシズム」に荷担してしまっているのではないかと空恐ろしくなりました。ホントにコミュニティのためになるムーブメントなのか何度も自省しました。ちゅーても、「パレードはハッピー!」とかって対外的には言ってましたが。てへ、二枚舌。 今後、とんでもない事件でも起こらない限りパレードは膨張傾向を続けていくだろう。世の流れがそれを望んでいる。ただ、パレード的なものとそうでないものとの溝がどのように変化してゆくか、ワタシはそれが気になる。
 とどのつまり、ワタシは「パレード的なもの」には与するのだが、「パレードそのもの」には乗り切れない、んである。(2001.9.25)

 ワタシ、日本で初めてと言われるパレードにも参加してたんですよ。国際ビアン連盟というグループのパフォーマンスのお手伝いとして。先導のフロート(というかバンに乗って曲が変わるごとに小道具のフラッグやセンスを渡したりキッカケ出したりする。Nさんと一緒にやってたんですよ。こういう細かい事柄も注釈しないと意味が分からないほど時間は経ちましたね。2001年のころは注釈も何もなくても自明のことだったのですが。

 再録のエッセイですが、今読み返すと実行委員までやっておいてこの冷めっぷり。わりと昔のレズビアンの参加者はこういう保留を置いた感覚を共有していた気がします。「私たちのお祭りだけど、私のお祭りじゃない」というか。

 世代的な隔たりを説明するのってホントに難しいですね。この頃関わってた人たちはあんまり、というより全然キラキラしてなかったし、ほこりっぽくて汗臭かった。映画祭のスタッフの方がはるかにオシャレで人員も確保できていた。どこも一般企業はスポンサーになるわけないし、二丁目もまだまだ冷たかった。そんな時代のパレード前世紀、パレードに参加するのはそうそう(気持ちの上では)簡単なことじゃなかった。ワタシがサングラスを外して参加するようになるのもだいぶ後だったはずです。

 その気持ちはコロナ禍吹き荒れるこの世界でオンラインでパレードに対して賛意を示すものとは異質ではないにせよ、大きく違っていたのだと思います。

「鬼レズはマッハで走る」に思う

 昔のサイトの再録サイトを独自ドメインまで取って立ち上げたわけですが、なんで今さらこんなものをやってるかというと。「要望が多かったから」の一言に尽きます。特に若年のフェミニスト。「話にはちらちら聞いていたんですが、つっちーさんが鬼レズなんですね」と、しみじみ言われたりして。すでに過去サイトを置いていたジオシティーが消滅して1年以上経ちますし、気になったことを参照しようがなかったみたいですね。(すぐにグーグル様に聞いてみたりすることがデジタルネイティブ世代だなぁと思います)

 んで、ワタシは自分の必要だと思う必然と好奇心に駆られて「東京レズビアンバーガイド」をシリーズで同人誌にしているのですが(シリーズその3がまだ残部多いので誰か買ってください)、それは未来へのアーカイブとしてやってました。ワタシが死んだ後でも紙の本がしかるべきところにあれば、誰か今はまだ産まれてもいないかもしれないレズビアンの研究者がいつか見てくれるのではと。でも、このところの若い人の話を聞いていたら、同時代の参照性も大事だよなぁと。

 ワタシが若いころから言われていたのが「レズビアンの活動はいつも更地」。過去の参照がなく、イチから切り開かなきゃいけないことを自嘲してそう言われていたのですが。まあ、ワタシが活動を始めた90年代から四半世紀が立っているわけだし、悪しき先例も含めて参照するところがあるのも悪いことではないのではないかと。正直、レズビアンの活動の中でフェミニズムがここまで退潮してしまったことは「退歩」であると個人的には思っています。(と、マイルドな書き方を覚えた鬼レズ51歳)

 幸か不幸か、腰の据わらない活動スタイルを貫いてきていたので紹介できることはかなり多いと自負しております。

 このサイトもかつての「レズビアンはマッハで走る」のように消滅する日が来るでしょう。それでも同時代のレズビアンたちやその他の人たちが多少参照してくれればいいなと思いつつ。

(「鬼レズ」廃業したんじゃないのー?と突っ込まれそうですが。結局、この二つ名はどこまで行っても付いて回るのを痛感しています。ちょっとフェミっぽいとこなら若い子でもそれなりに知ってたりするし、何より出会い系でバレると逃げられるんですよー。ホントに。と、古い感じのオチを付けないと気が済まないのが旧世代)